キミと一緒に、旅に出よ。

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プロローグ3

 歩く。
 後ろから足音が追いかけてくる。
 止まる。
 足音も一緒に止まる。



「…。」



 振り向けば、すぐ後ろには緋色の瞳の青年が。
 僕は再び前を向いて歩き始める。
 また足音がついてきて、僕はどうしたらいいか分からなくなった。



 家を完全に追い出された僕を、この青年はずーっと追いかけてきている。
 気になって仕方ないけど、命を助けてもらった恩人だから、邪険に扱うわけにもいかない。



「あの、なんで僕についてくるんですか?」
「気にするな。お前と目的地が同じだけのこと。」
「…隣町?」
「お前の目的地がそこなら、そうなんだろう。」
「…はぁ。」



 よく分からないことを言う人だ。
 この前トキワの森で出会った時といい、今の返事といい、この人からは独特の雰囲気が流れ出ている。
 白地に朱色の刺繍が入った着物の背中には、達筆な筆文字で大一大万大吉の文字。
 一目見たら誰もが息を飲むほどの美しい顔立ち。そして強く心に入り込んでくる、緋色の瞳。
 偉そうな口調が勿体無いけど、黙っていれば相当女の人たちにもてるだろう。
 現に、通りすがる女性達は僕の後ろを歩いている青年に釘付けだ。
 仕方ないから何も言わずに歩く僕を、青年は次の町―ハナダシティ―についてからも、追い掛け回した。
 街に入ったらさすがにもう着いてこないだろうと思ったけど、青年は何処までも着いてくる。



「…あの、街に着いたんだから、そろそろ着いてこなくてもいいんじゃ…?」



 恐る恐る尋ねる僕に、青年は一瞬だけ緋色の瞳を悲しげに揺らす。
 けれど次の瞬間にはふて腐れたような顔つきになると、偉そうに腕を組んで、



「言っただろう。お前の目的地と俺の目的地は一緒だと。」



 もしかして、この人自身には目的地なんてなくて、僕が行こうとしている場所を目的地にしているってことだろうか。
 それはつまり、この先ずーっと着いてくる、ということ。



「な、何で?!家に帰りなよ!!」



 もしかしたら、この人は僕が家を追い出されたのが可哀そうで、一緒についてきてくれようとしているのかもしれない。
 けれど、彼にだってちゃんとした家や家族はあるはずだ。
 変な責任感によって自分の生活を捨てるなんてことは、止めて欲しかった。
 けれど…



「俺に帰る家など無い。」



 サラリと言われる。
 家が無い、つまり…浮浪者?
 イヤイヤまさか、こんな身なりも綺麗で髭一本生えていないカッコいい人が浮浪者なわけ無い。
 もしかしたら何処かのお坊ちゃんで、花婿修行が終るまで家に帰ってくるなとか言われているのだろうか。
 沈黙が続く中、青年がふと口を開いた。



「お前に私の主になる権利を与えてやろう。」
「…へ?」



 主の意味が分からなくて、思わず聞き返す。
 さぞかし僕の顔は間抜けだっただろうに。
 青年は少し得意げに微笑んで、尊大な態度で話し続ける。



「これで今日から俺の居場所はお前だ。光栄に思え。」



 ちょっと待て。勝手に決められても困る。
 確かにお坊ちゃまが僕に仕えてくれるなら、それはとてつもなく光栄なことなんだろうけど。
 この尊大な態度。どう考えても僕が仕えさせられそうな雰囲気だ。
 何からつっこんでいいか分からなくて、戸惑う僕。
 青年はちょっと呆れ顔になる。今絶対馬鹿にした。



「まだ分からないのか。」
「何が?」
「俺が何なのか。」
「…は、花婿修行中のお坊ちゃま…?」



 今度こそ青年は、盛大にため息をついた。
 憐れみの視線が突き刺さる。
 父親に殴られすぎて、頭が弱くなってしまったのか―――?なんて呟きがバッチリ聞こえるのが悲しい。
 突然、青年の体が揺らいだ。
 体が傾いたとか、そういうわけじゃなく、実体が無い陽炎のようにグニャリと形状が変化する。
 ぎょっとして後ろに下がる暇もなく、青年はキュウコンに姿を変えていた。
 いつの間にか姿を消していた、あのキュウコンに。
 僕は幻を見ているのだろうか。それともあの青年が幻だったのか。
 手を伸ばす。額に触れる。この柔らかい毛並みとぬくもりは、決して幻なんかじゃない。
 キュウコンは実物だ。となると幻なのは、あの青年。



『さっきまで話していた青年が幻だと思っているなら、それは違う。』



 頭の中に直接声が響いてくる。
 あの青年の声だ。
 一体何処に。
 辺りを見回しても、人は一人も居ない。



『そっちじゃない、こっちを見ろ。』



 足元を見る。
 そこに居るのはキュウコンだ。
 緋色の瞳とバッチリ目が合う。
 そういえば、あの青年もキュウコンと同じ、緋色の瞳だった。
 もしかして――――



『あの青年は俺が化けた姿だ。』



 途端に、キュウコンの姿が人になる。
 あの青年の姿に。
 非現実的光景を目の当たりにしてしまった僕は、何も言えず、金魚のように口をパクパクさせる。
 こんなことって、あっていいのだろうか。



「名を聞こう。」



 問われて、はっとする。
 名前、名前、名前。
 一瞬自分の名前が出てこなくて、少しだけ焦る。



、だよ。」



 久々に、自分の名前を口に出した。
 青年は僕の前に跪いて、手を取り



「俺の名は三成だ。これから世話になるが、よろしく頼んだぞ、。」



 他人に名前を呼ばれるのは、本当に久しぶりだ。
 父さんは僕のことを名前では絶対呼ばないし、唯一の友達にして幼馴染みとは最近会わなかったから。
 なんだか色々とあり得ない事が多すぎて、混乱して、言葉が出てこない。
 恭しく頭を下げる青年の姿を、僕はただただ頷きながら見ることしか出来なかった。



 こうして僕と、キュウコン―三成―の奇妙な旅が始まった。
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