探し物の物語。
10
レッドが顔を真っ赤にして一人で騒ぎ立てている頃、は追いかけてきたイーブイを引き連れて屋敷の外に出ていた。
辿りついたのは、町外れにひっそりと佇んでいた鉄筋コンクリートの建築物。
月明かりに照らされたその建築物は、やけに殺伐として人が住んでいる気配はない。
それもそのはず。
ここはポケモンバトルを行うジムだからだ。
「イーブイ、ここ?」
イーブイは足元で頷く。
何故ジムに、彼女が?
沸き上がる疑問。
けれど、イーブイの嗅覚に間違いはないはずだ。
この先に探し人はいるのだろう。
「よし、いこっか!」
頬をパンと叩いて気合いを入れる。
鍵のかかっていないドアから侵入する一人と一匹。
その姿をモニター越しに観察されていたのだが、当然ながら彼女たちはそんなこと知る由も無かった。
探し物の物語 10話
ガランとした廊下は、歩くのに必要最低限の電光が点っている。
病院と同じで、夜でも建物の電気は完全に消えない仕組みになっているのだ。
お陰で難無く先に進むことが出来たとイーブイは、廊下を抜けて広いフロアに踏み入った。
このフロアは一帯がプールになっている。
風も無い室内なのに水面は僅かに揺らいでいるので、何かが潜んでいるのだろう。
プールを挟んだ向こう側の壁際に、の探し人はいた。
最初出会ったときと同じで、動きやすさを重視したラフな短パン姿。
高い位置で一つに束ねたオレンジの髪が、天窓から差し込む月の光に照らされ艶めいている。
「どうしたの、。夜の散歩中に迷子にでもなったの?」
探し人――――カスミは、能面のような笑顔をに向けた。
まるで昼間とは別人のような冷たい微笑みに、思わず背筋を冷たい汗が流れ落ちる。
けれど、ここまで来て引き下がるわけにはいかない。
は意を決して、この場を訪れた本当の目的を口にする。
「レッドが何者かに襲われたの。」
「何ですって!?それは大変、すぐさま警備の人を呼ばなきゃ。」
「その必要はないわ。」
「どうして?」
「だって犯人は、私の目の前にいるもの。」
目の前にいる人物。それはつまりカスミだ。
カスミはポカンと口を開き…次の瞬間にはお腹を抱えて笑い出す。
「ったらヤダー、冗談も程ほどにしてよ!」
「冗談じゃないよ、カスミ。襲撃された後のレッドの部屋に一枚の鱗が残っていたの。」
はレッドと別れるときに拝借してきた鱗をかざす。
月の光に透けて美しい煌きを散らす、大きな鱗。
これはギャラドスの鱗だ。
そして身近でギャラドスを手持ちに持っているのはカスミしか居ない。
「これ、カスミのギャラドスの鱗でしょ?」
決定的な証拠を突きつけられ、カスミはふと笑いを止めた。
笑顔が真剣な表情に一変する。
それはやけに気迫があって、は思わずたじろぐ。
こんなに息苦しいほどの緊迫感を感じたのは、久々の出来事だ。
「…まさかが来るとは思ってなかったわ。」
諦めたようなカスミの呟きは、自分が犯人だと認めたのと同然。
トンカチで頭をガツンと殴られたような衝撃だった。
「じゃあ、カスミ…。」
「ええ、私がレッドを襲ったの。」
「何で!?」
出会って間もないけれど、共にロケット団と戦った仲間ではないか。
それともカスミは、実はロケット団の味方なのだろうか。
理由が分からなくて、混乱する。
裏切られたように感じて、鱗を持つ手が震えた。
「そういえば、はちょうどあの時いなかったわね。」
「…あの時?」
「そう、だけ早めに食事切り上げたでしょ?私はあの後レッドと色々話したんだけど…。」
ロケット団に立ち向かうため、強くなる修行をするべきだとカスミは提案した。
けれどもレッドはそれを一蹴した。
曰く、「修行なんてしなくても今のままで充分渡り合える」とのこと。
結局そのあと、再びレッドの自慢話が始って、カスミの話は一向に聞いてもらえなかった。
いかにも自分に実力があるように振舞う姿が腹立たしくて、悔しくて…。
お灸を据えるべく襲ったというわけだ。
真剣な気持ちを受け止めてもらえなかったカスミの悲しさや腹立たしさは、にも理解できる。
悪意があって襲ったわけではなかったことに一安心したその時―――
「ギャラちゃん!波乗り!!!」
突然、カスミが何も無い空間に向けて指示を出した。
すると、たちまちプールの水面がグワリと持ち上がり、巨大な波となってめがけて襲い掛かってくる。
完全な不意打ちだ。
「本当はレッドが来ると思ってお仕置きバトルの準備をしてたんだけど、計画変更!バッジをかけたジム戦と行こうじゃないの!」
「ええっ!?」
「ついさっきタケシから連絡が来たわ。自分の力試し、してみたいんでしょう?グレン島ジムリーダの隠し子!!」
「いや、前半はあってるけど隠し子じゃなっ……!!!」
波は否定する隙を与えず、の頭上に降り注ぐ。
つぶれそうになるほどの水圧を受け、そのまま波にさらわれてプールの中に引きずり込まれた。
ポケモンジムだけあって、プールにしてはやけに深い。
当然足はつかないし、月明かりだけが光源なため、殆ど真っ暗だ。
僅かに差し込んだ光に大きな影が映りこむ。
水中を轟々と泳ぐ、長い体躯。
ギャラドスだ。
今襲われたらひとたまりも無い。
(そういえば…イーブイ…!!)
波に飲まれたのは、何もだけじゃない。
足元にいたイーブイも一緒に水中に引き込まれたはず。
視界の悪い水中で目を凝らし、イーブイの姿を探す。
けれどもこげ茶の小さい毛並みは、何処を探しても見当たらなかった。
一体何処に流されたのか。
心配で、けれども息が苦しくて、もがいて水面を目指す。
ふと、水流を背中に感じた。
途端に体がグワリと押し上げられ――――
「ぷはぁ!」
ざばり、と頭を水面に突き出す。
大きく息を吸い込んで呼吸を整えたら、手足を動かさなくても沈まないことに気付いた。
お尻の下がゴツゴツしている。沈まないのはラプラスの甲羅にまたがっているからだ。
「ラプラス!ごめんね、ありがとう。」
「キュオ〜。」
主が水難にあったとき、真っ先に己の判断でボールから飛び出してくるラプラス。
グレン島まで漂流したときといい、今といい、ラプラスには助けてもらってばっかりだ。
水中に落下しないように、しっかりと甲羅の上に立ってイーブイを探す。
けれど、水上からもイーブイの姿は確認できない。
まさかギャラドスに食べられてしまったのでは。
最悪の事態を想定したその時―――
たぷんっ
落ち着いてきたプールの波音に混ざって、魚が小さく跳ねたような音がすぐ近くでした。
まさかギャラドスがやってきたのかと身構えたが、ラプラスは落ち着いているので危険性はないようだ。
よくよく目を凝らして水面を見ると、一部分だけ色がやけに濃い。
そしてその濃い部分の中央には、一対の目のようなものがついている。
「…イーブイ?」
「キュー。」
半透明になって水と同化した、不思議な生物。
それはイーブイだった。
「とととと、溶けてる!?大丈夫イーブイ?!」
つるん、と。
一体化していた水面から分離して、の胸に飛び込んでくるイーブイ。
そのときには、いつも通りの茶色い毛に包まれた小さい固体に戻っていて、見間違いだったのだろうかと目をこする。
「なぁんだ。グレン島だからてっきり炎タイプだけかと思ってたけど…一応波に乗れるんだ?」
頭上から、少し感心したような声が降ってくる。
顔を上げるとギャラドスのドアップが目に入り、反射的にぎょっと身をすくませた。
カスミは器用にギャラドスの頭に乗って、たちを見下ろしている。
「不意打ちにも対応できるなんて、なかなかやるじゃないの。第一ステップは合格ね。じゃ、本格的にやりましょうか。」
「カスミ!なんで私達が戦わないといけないの?!」
カスミに敵意があったわけじゃないと、ついさっき判明したばかりだというのに。
それにどうして前の町で出合ったタケシとカスミが知り合いなのか。
いきなり戦いを申し込まれた状況も飲み込めない。
頭の上にクエスチョンマークを飛ばすを見て、あれ?とカスミは首をかしげる。
「言ってなかったっけ。」
「何を?」
「ハナダジムのリーダー、おてんば人魚ってのは私よ。」
サラリと言われ、は開いた口がふさがらなかった。
まさか、この少女がジムリーダー張本人だったとは。
一体誰が想像できただろう。
さまざまな思惑を抱いて見詰め合う二人。
月はそんな二人を優しく見守りながら、ゆっくりと傾いてゆく。
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もう夢じゃなくてただの名前変換小説っていう突っ込みは無しで…。
2007/7/5